研究室インタビュー

新潟工科大学 工学部 工学科 生活環境・空間デザイン研究室 黒木 宏一 准教授のサムネイル

高齢者の住みやすい環境づくりを建築でサポートする

新潟工科大学

生活環境・空間デザイン研究室

黒木 宏一 准教授

高齢者の健康的で豊かな生活を実現するための建築のあり方を考えつづけてきた、黒木宏一准教授。高齢者のための施設のみならず、住宅や日帰り温泉、図書館と幅広くフィールドワークに出かけている。

黒木 宏一 准教授

黒木 宏一 准教授

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(くろぎ ひろかず)

1980年 宮崎県生まれ。
2005年 熊本大学大学院自然科学研究科建築学専攻博士前期課程修了。
2008年 大阪市立大学大学院工学研究科都市系専攻後期博士課程修了。
2008年~2012年 大阪市立大学都市研究プラザ研究員。
2012年より新潟工科大学工学部建築学科准教授。

陶芸からガウディへ

黒木宏一准教授の研究室では、高齢者の居住をよりよくしていくことをテーマに調査や研究を行っている。黒木准教授は宮崎県出身。中学の頃、母親の趣味だった陶芸に触れて、陶芸家になりたいと思った時期もあったそうだ。しかし、高校生の頃に出会ったガウディの建築にあこがれ、大学では建築に進むことを考えた。熊本大学工学部環境システム工学科に進学。2003年に修士に入ってからは、建築計画分野の横山俊祐教授の下で学んだ。横山教授は少子高齢化社会で建築をいかに考えるのか、学校建築から高齢者施設まで幅広く研究をしていた。黒木准教授は自身のお祖母さまが認知症になった実体験もあり、高齢者の生活をサポートする研究をしたいと考えたことが、現在まで続く研究人生のスタートとなった。

住宅+αの高齢者施設とは

大学院修了後、横山教授の大阪市立大学への着任を契機に、黒木准教授も同大学大学院工学研究科都市系専攻の博士課程に入学。熊本大学の頃から博士課程まで継続して、民家を改修しグループホームへとコンバージョンした高齢者施設についての研究を行っていた。高齢者施設と聞くと、病院のような無機質な施設をイメージしがちであるが、黒木准教授が取り組んだのは、慣れ親しんだ自宅のように居心地よくすごせる高齢者のための建築に必要な要素を明らかにすること。
熊本県内には、当時から住宅を利用した高齢者施設の事例が複数あり、黒木准教授はその調査を行っていた。住宅ならではの良さを計画にいかに生かすことができるのか、施設で朝から晩まで観察調査をし、要素を分析していった。そもそも、グループホームとは少人数制で、1ユニットあたり最大9人の入居者とする小規模な高齢者施設である。住宅+αの増築を施し、高齢者施設として利用することは、意外にも理にかなっているのだそうだ。博士の学位取得後も、大阪市立大学内にある都市研究プラザという、建築のみならず人文地理学、社会学など幅広い分野の視点から地域や都市の課題解決を考える機関に研究員として所属した。都市研究プラザでの主題の1つに、ホームレス支援の研究があった。ホームレスの方々へのインタビュー調査を実施し、どのようなサポートが可能かを各分野の研究者と協力して検討した。その結果、一般の方がホームレスの現状を知り、ホームレスの方々が孤独になることなく寄り合える場が必要なのではないかと、大阪の長屋を改修し利活用したサロンを立ち上げた。そこでは毎月1回のイベントを実施し、一般の方や生活保護を受けている方、ホームレスの方などが集い、相互理解をうながし、関係性を紡ぐような機会を定期的に設けていた。5年間のプロジェクトであったが、黒木准教授は2012年に離職するまで、4年に渡り担当したそうだ。

新潟の高齢者の生活を追求

2012 年に新潟工科大学に着任してからは、 新潟県内を主対象に高齢者の生活や関連施設の調査研究を進めている。 「通常、建築計画の研究は、まず建築に関連す る制度や既存のビルディングタイプを前提として 個別研究がスタートします。しかし、高齢者の 生活のあり方も社会の変化とともに多様化してい るのに、制度は追いついていないことが現状の課 題です。そのため、高齢者の暮らしを把握し、 どのような居住空間があり得るかを考えていくこ とが、今を生きる人々のための建築への近道だろ うと考えています」 新潟に引っ越してきたあと、黒木准教授は生 活圏に日帰り入浴施設が多いことに気づいた。 はじめは、趣味の一環で日帰り温泉めぐりをはじ めたそうだ。しかし、高齢者の利用が多いことを 発見し、施設での高齢者の1日を調査してみた ところ、朝10時頃に3~4人程度のグループで 訪れ、ともに風呂に入りご飯を食べて、再び風呂 に入り夕方前に帰路につくという、デイサービス さながらに利用されていることがわかったという。
また、中には食べ物の持ち込みを許可している施設もあったそうだ。高齢者が入浴施設に集う日常風景は熊本でも見られたことから、全国的に銭湯や日帰り温泉を活用した高齢者のコミュニティづくりが可能なのではないか。さらには、高齢者向けの特別な機能を備えた施設を設置しなくても、近所の集える場を利用し、日常の延長線上で高齢者施設と同様の機能を兼ね備えた場を創出することは考え得るのではないか。「その方がより楽しいし、健康的ではないかと思いました」と黒木准教授は語る。さらに、リタイア後の生涯学習の場としての図書館のあり方についても調査を行ったそうだ。老後の時間を使い、生き生きと活動していくこと。例えば、こだわりのカフェを始めたい方が会社を立ち上げるために調べ物をしたり、趣味のスポーツや文芸などの活動を深めるための勉強の場として利用したりと、さまざまな活動を誘発する可能性を秘めているという。

インタビュー画像
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健康的な住宅を考える

では、「生き生きと暮らす」ための必要条件はあるのだろうか。老後に自宅に引きこもることで孤立する高齢者の存在が問題視されるなか、黒木准教授は「アクティブシニア」と呼ばれる、元気で活動的な高齢者を調査。そのうちに、いくつか見えてきたことがあるという。まず、アクティブシニアは友達が多く他者とのつながりが強固である。例えば、退職して数年を経ると、会社の元同僚との関係は徐々に希薄になっていくことも多い。しかし、リタイア前に趣味の活動を始めていた高齢者は、趣味を介したコミュニティが継続しているようだ。そのため、退職する前にスポーツ・文学・アート系などどのような分野でもよいが、仲間と集まることができるような趣味を見つけておくことは大事なことなのだそうだ。学生が卒業論文や修士論文で取り組んだ研究でも、高齢者の健康と住環境の関係性についても、興味深い結果が出たそうだ。まず、2階にリビングがある住宅の方が、1階に主要な居室がある住宅より、高齢者の身体能力を維持することができるという研究結果。つまりは、階段の昇り降りによって、足腰を強く保つことが重要だということだ。高齢者向けの住宅を考えるときに、平屋のほうが負担も少なくてよいと思われる方も多いだろう。しかし「普段経験している環境を考えると、今までの暮らしの中で訓練できるようなものを残すことが大事」ということだそうだ。魚沼や妙高など雪深い地域では、1階に駐車場など、2階以上に生活スペースを構えた高床式住居が多く見られる。一般的には足腰が弱くなったら、玄関が2階にあることは大変に思えるが、毎日の運動から健康につながるという側面もあるようだ。また、山間地域の高齢者の暮らしの実態を調査した研究では、周囲に5~6軒ほどしかないような山奥の過疎地域で高齢者にインタビューを実施。このような地域では、子世帯も近隣地域に居を構え、どちらも各々に独立して生活をしているが、いざという時には行き来できる距離間に住むことが特徴のひとつであるそうだ。しかし、いざ高齢者の方々に生活上の不便なことを聞くと、とくに困っていることはないという回答が多かったそうである。その生活に慣れているからだろうという結論に至った。「従来、マイナスだと思われがちだったことが、実は高齢者にとってプラスに働くことがあると調査から気づくことができました」

高齢者施設にも個性的で豊かな生活を

これまで、住宅を高齢者施設に転用する際、複数人の高齢者の居住施設となるため、防火の基準が厳しく、転用事例も限られていたが、空き家が増えたり、高齢者施設が足りなくなったりしている社会状況では、住宅を改修した高齢者施設の設置は規制緩和の方向に推移しているそうだ。住宅を活用する利点は手軽さだけではなく、例えば縁側があり、茶の間があり、集うことができる場がもともと存在すること。新築の高齢者施設の多くは介護に特化した機能性が重視されることで、無駄な空間が少ない。個室と食堂の往復では生活が単調化してしまいがちだが、住宅のさまざまな居場所や居住空間が高齢者施設にうまく組み込まれると、それぞれの個性的な生活が実現しやすくなる。また、畳敷きの民家を高齢者向けに改修するときに、高齢者にとって畳での生活は足腰によくないとのイメージを抱くが、黒木准教授によれば「そのまま寝転んで昼寝をしたり、いろいろな姿勢を自由にとれたりする。イス座は、楽なように見えて同じ姿勢で座り続けるため、逆に高齢者の身体にはつらいこともあります」と、メリットが多い。
さらには、最終的に自らの家で臨終を迎えることを希望される方も多い。黒木准教授は以前に認知症高齢者向けグループホームで、ターミナルケアを実践している施設で、入居者の方がお亡くなりになるまでの建築的サポートを考えるための調査を実施。実際に現場に入って観察を続けながら、スタッフの方へ聞き取りを行った。ターミナルケアは重々しいため、ゆっくりと過ごしてもらうためにも、建物の隅などに患者の居室を置く配置計画が一般的だが、実は患者のケアには好ましくない場合もあることがわかったそうだ。入居者が集まるリビングなどのそばにターミナルケア患者のための部屋を配置し、ある程度オープンな空間であったり、周囲の日常の生活を感じながら過ごすことができたりという環境が患者にとって望ましいこと、また、リビングで他の高齢者の面倒を見ている時でも目が行き届くため、緊急時に対応しやすいことなど、スタッフ側のメリットも見えてきたそうだ。黒木准教授の取り組む研究はいずれも、従来の高齢者の生活に対する固定観念を解きほぐし、未来の豊かな生活を想起させるものである。

インタビュー画像
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自律的な思考を育む

黒木研究室では、卒業設計か卒業研究は自由選択制。3年生後期から配属となるが、まずは自由に興味のあることをまとめるところからスタートする。コロナ禍以前は、フィールドワークやアンケート調査に研究室の学生たちが一緒に出かけることもあったというが、学生それぞれがテーマを自由に決定しているため、プロジェクトにチームで取り組むスタイルではなく、個々が自律的に考えることと相互協力しあうことを大切にしているそうだ。もともと黒木研究室は卒業設計を選ぶ学生が多い。例えば、2022年度の卒業設計では、益子焼とヤングケアラーをテーマとした学生がいる。「ヤングケアラー」とは、実親の介護や小さい子どもの面倒を見て、子どもらしい生活を送れなかったり、自由な時間をもてなかったりする子どもたちのことを指す。社会的課題そのものを正面から捉えるだけでなく、創造的要素として益子焼の釜や製作プロセスと絡めて、ヤングケアラーの子どもたちが開放的に過ごすことができる場を提案した。過去には「JIA全国学生卒業設計コンクール」の新潟県大会で学生が入賞したり、「せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦」で100選、50選に入賞したりするなど、コンクールへの応募も学生たちのやりがいのひとつになっている。黒木准教授が取り組む高齢者の居住環境を研究室の軸としながらも、創造的な思考を育むための学びの場としての研究室のあり方が垣間見えた。

インタビュー画像
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研究室メンバーに聞きました

[ 質問項目 ]

①研究室を選んだ理由
②研究室の特色
③取り組んでいる研究テーマ

  • 小林 隼人 こばやしはやと(修士2年)

    小林 隼人 こばやしはやと(修士2年)

    1)齢者の住環境について研究したかったから。
    2)落ち着いた雰囲気。
    3)「リタイア直後の生活環境と暮らしの充実度に関する研究」/退職後の行動や周辺環境が与える影響を明らかにする。

  • 佐野 咲織 さのさおり(修士1年

    佐野 咲織 さのさおり(修士1年

    1)高齢者の住環境に関する研
    究がしたかったため。 
    2)穏やで、趣味を大切にする風土。 
    3)「高齢者の自宅を終の棲家へ」/既往研究はあるが、自宅に焦点が当てられてないので、どのような環境であれば自宅で一生を終えることができるかを探る。

  • 山﨑 愛奈 やまざきあいな(修士1年)

    山﨑 愛奈 やまざきあいな(修士1年)

    1)地分野にこだわらず、自由な設計の提案ができるから。 
    2)静かで落ち着いた雰囲気。 
    3)「ストリートファニチャーに対するふるまいと使い方」/その使われ方や、まちの風景をかたちづくるストリートファニチャーは何かを探る。

  • 青木 花蓮 あおき かれん(学部4年)

    青木 花蓮 あおき かれん(学部4年)

    1)やりたいことを尊重してくれるから。 
    2)基本、電灯を点けない自然光派の研究室。 
    3)「窯で点ずる道 ~ヤングケアラーと益子焼の相互空間~」/窯元空間を通して、ヤングケアラーの子どもが自然と気持ちが楽になるような空間を目指す。

  • 稲垣 遼 いながきはるか(学部4年)

    稲垣 遼 いながきはるか(学部4年)

    1)高齢者の暮らしに関して興味があったから。
    2)黒木先生が気軽に相談に乗ってくれる。 
    3)「中山間地域における高齢者の暮らしの継続性に関する研究」/積雪量の多い新潟県中山間地域で、高齢者がなぜ暮らせていけているのか、その要素を探る。

  • 神田 のの子 かんだ ののこ(学部4年)

    神田 のの子 かんだ ののこ(学部4年)

    1)卒業設計ができる研究室を選んだ。 
    2)ONとOFFがはっきりしている。 
    3)「小路空間のコミュニティの再編」/長岡市栃尾地域に関する小路を活用して、コミュニティを活性化させ、交流人口を増やす空間を提案する。

  • 剣持 皓基 けんもちこうき(学部4年)

    剣持 皓基 けんもちこうき(学部4年)

    1)卒業設計ができる研究室を選んだ。 
    2)ONとOFFがはっきりしている。 
    3)「小路空間のコミュニティの再編」/長岡市栃尾地域に関する小路を活用して、コミュニティを活性化させ、交流人口を増やす空間を提案する。

  • 佐藤 栞太 さとうかんた(学部4年)

    佐藤 栞太 さとうかんた(学部4年)

    1)卒業設計を志望していたため。 
    2)日々の活動や卒業設計の内容等について自由度が高い。 
    3)「地域の終わり方を考える」/統廃合が行われた廃校になった地域の終わり方を考える。

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