研究室インタビュー

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既存の枠組みにとらわれず、工学全般を見据えて

新潟工科大学

環境設備芸術工学 研究室

飯野秋成 教授

1997年、新設3年目の新潟工科大学に赴任した飯野秋成教授。
以来、既存の建築領域の枠組みにとらわれず、工学全般からビックデータの解析まで、多岐に渡るフィールドで研究活動を続けてきた。

飯野秋成 教授

飯野秋成 教授

 

(いいの あきなる)

1965年、神奈川県生まれ。
1990年、東京工業大学大学院総合理工学研究科社会開発工学先行修了(修士)後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行入行)。
1992年に東京工業大学大学院に戻り、1995年同大学院修了(博士)。併せて大阪芸術大学通信教育部芸術学部卒業、学士(芸術)。
1997年、新潟工科大学工学部講師、2006年より同大学教授

コンピュータ技術の導入を間近に見て

飯野秋成教授が東京工業大学に入学した当初は「建築に対する特別な思い入れを持つわけではなかった」という。そのような中、学部4年 に梅干野晁研究室に所属。環境の測定やシミュ レーションを中心とした研究に携わる中で建築環 境分野に魅了されるようになったという。 「大学院修士課程ではリモートセンシングの画 像処理をテーマにしていました。今は人工衛星 から地上の情報を高分解度で計測する、衛星リ モートセンシングが主流となっていますが、当時 はセスナ機で都市上空を低空飛行して、さまざ まなデータを収集、分析していました。可視光 線と赤外線の情報を組み合わせながら、熱環境 を中心とした都市の環境情報を抽出し画像処理 する、というようなことに取り組んでいました」と 当時の研究を振り返る。 当時、CADやCGが出始めたばかりで、コン ピューターのスペックも低く、そのようなアプ ローチをする研究室は珍しかった。希少な研究 に携わり、そのまま研究の道へと進んでも不思議 はないが、飯野教授は修士課程修了後、畑違い とも思える都市銀行に入行する。 「1990年、ちょうどバブル景気全盛期で理系出 身者の文系就職が流行るような風潮がありまし た。私も時流に乗って東京銀行(現・三菱UFJ 銀行)に入行しました。東京銀行は海外支店が 多く、海外とのやりとりも頻繁にあるので、情報 システムの構築が必要とされます。オンラインの システム開発など情報技術の面で力を発揮でき るのではないかと考えたのです」 スマホはもちろんパソコンも珍しく、FAXや電 話でのやりとりが主流だった当時、東京銀行で は入行者にノートパソコンを配り、銀行界の先頭 を切ってIT 導入を目指そうという動きがあったという。 「大学でコンピュータを先端でやっていたので、 そういう技術を持ち込みながら、プログラムを提 案したりしていました。そういう意味では活躍で きましたが、2年間銀行に勤めてみて、やはりも う一度建築環境について追求してみたいと、梅干野先生の研究室に戻り、博士課程ではかつ のテーマを発展させた研究に取り組みました」

新設の大学で必要とされたこと

博士課程修了後は研究の基盤を新潟工科大 学へと移す。飯野教授はその理由を「できたば かりの大学なので比較的自由に研究に取り組め るのではないかと思ったから」と語る。実際に赴任して、新設大学に集まる学生の、ある種の学びに対する強い志を目の当たりにして「それに見合うものを提供しなくては」という教育者としての意識を強くする。それが、その後、多くの資格を取得することにも繋がる。「一級建築士と第一種情報処理技術者の資格は博士課程在籍中に取得していましたが、大学で設備や計画などいろいろな授業を受け持っていると、だんだん内容が保たなくなってくる。自分自身に先端の知識が足りないと感じることが多々出てきて、勉強をし直そうと。せっかくなので建築設備士とインテリアプランナーの資格を取得しました。予備校の対策講座を受講してみて、教え方や重要なポイント、受験に沿った手法があることを知り、大学の授業で学生に伝えるべきことを取捨選択しながら、自分なりの授業体系を同時に作っていったという感じです。資格の取得が目的というよりは授業や研究に生かしたいからとっているところが大きいです」気象予報士の資格もその延長上にある。やはりきっかけは環境工学の研究の中で感じた思いだった。「気象や環境というマクロなスケールで理解していないと、都市環境や建築の外空間などのミクロな環境に落とし込めない。ならば気象を体系的に勉強しよう」との思いから本格的に取得を目指すようになる。「気象業務支援センターで開催する講習会に参加しながら何回かチャレンジしました。天気図を読んで防災情報を書くという2次の実技試験が難しく、自分が取得した資格の中で、気象予報士が一番大変でした。視野は広がりましたけれど」と飯野教授は笑う。

インタビュー画像
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2 えんま通り商店街における震災の被害状況と入手した街並みの写真の例 / 3 えんま通り商店街の再現

環境の測定から計測の技術をVRに応用

新潟工科大学赴任当初、研究室ではそれまでの飯野教授自身の専門分野を継続する形で、新 築の大学講義室の温度分布を測って、それを卒 論にまとめるなど、計測やシミュレーションを中 心に環境について研究していた。「新潟工科大 学ではCADが導入されておらず指導できる先生 もいませんでした。学生にCADを教えて、デー タを自作のプログラムに読み込み形状認識させ、 気象データを与えると表面温度を計算できる、と いうシステムを作り、シミュレーションに使いなが ら研究をはじめました。それがその後形を変え、 VR研究のきっかけにもなっています」 飯野教授がVRに取り組みはじめたのはVR元 年と言われる2016年よりも前のことだ。 「アミューズメント施設などで見られるようにな る以前からヘッドマウントディスプレイ(HMD) を導入して活用方法を試行錯誤していたのです が、研究テーマとしてきちんと確立するためにも、 建築教育にうまく使えないか、と考えました。 HMDをかぶると学生が設計したものをリアルな 空間として見られる。ということは、VR上でどこ に設計の問題があるのかを確認できる。教育工 学の一環として、VRが使えると考えたのです」

VRの活用 ― えんま通りの再現と設計作品のクリティーク

研究室では、VR技術を活用して柏崎市えん ま通り商店街の再現を手がけた。 「2007年の新潟県中越沖地震で被害を受けた えんま通りをフォトリアルに起こして、VRで見ら れるようにしました。設計図がないので住民の 方々に協力していただいて徹底的に写真を集め、 写真からポイントポイントを同定し、写真測量的 に三次元空間に落とし込んでいくというかなり地 道な作業です。住民の方々にも見ていただき、 当時の色々な記憶が想起されるようなリアルさがていなくても、何階建か、何メートルまでなら圧迫感がないのか、VRを使って体感しながらヴォリュームの検討ができます。学生はスケール感に疎いところがありますが、人から指摘されてもなかなか伝わらないことも体感すればわかります。そのようなスケール感を体感できるのはVRの強みです。また完成間近の段階では素材感や色合い、家具の配置などの議論にも使える。2段階で教育プログラムとしてVRを活かせそうだということがわかってきました」

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4 被験者のアバター。インターネットを介して複数の被験者が街並みVR空間に入り込める。それぞれの被験者の音声はインターネットを通じて各被験者のヘッドホンに届く

他分野とのコラボレーション

飯野教授は学科の枠を超えて情報コースとの共同で、テキストマイニングを活用する研究も手がけている。テキストマイニングとは、専用のソフトウエアを用いて、テキストデータを自動分割して単語を抽出し、どの単語が何回使われたか、 傾向をプロットしていく仕組みだ。 飯野教授が取り組むのは、学生が残す文章、 例えば授業評価アンケートやインターンシップの 感想などが学内のサーバーにも保存されている が、これらのビッグデータを分析することで何か に活かせるのではないかという試みだ。 「以前、1年生の夏休みに、三次元バーチャル 造形基礎という集中講義があり、車椅子をCG で作成していました。受講後の感想をテキストマ イニングで分析すると興味深いことがわかりまし た」 飯野教授によれば学生の作品には大きく2つ の傾向があるという。実習室に置かれた本物の 車椅子を観察し、より本物らしく描こうとする学 生が2/3 程度、残りの1/3はもっと造形したい、 オリジナルな車椅子を作 りたいという学生。異な る思考の2タイプの学生 が、授業後の感想として 何を残したか。テキスト を追っていくと、明らかに 傾向が違っている。 「本物らしさを求める学 生は、“ 工学”や“ものの 仕組み”を知り、今ある “ 技術”を吸収するために CGを使いたいというよう な単語が出てくる。オリ ジナルなものを作ろうとし た学生は、もっと“デザイ ン”を追求したいとか“ 造 形能力”を高めたいとか、別のベクトルが働いて いることがわかります。まだ、コース分けされる 前の1年生の時点ですでに違っているということ が、テキストマイニングで統計的に見えてくるの です。これを逆転させると、彼らが何を学ぼうと してここにきているかということがわかるので、指 導する際の指針として使える基礎データになりま す」 この研究のそもそものきっかけは、講義での学 生とのやりとりにあった。 「課題作品を見ていて、私が『良くできている ね』と評価しても『全然そうじゃないんです』と いう学生がいる。こちらの評価と学生の自己評価 が食い違うことが結構あるんです。つまり個々の 学生が目指している方向に指導が合致していな いということです。それを統計的に検証できるの ではないか、ということで、情報コースの先生と コラボレーションしながら研究しています」

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5 クリティーク時のヘッドマウントディスプレイ内のVR描画状 / 6 ヘッドマウントディスプレイを被り、講評会に参加

これからの先進技術AIにも着目

飯野研究室では、先端のIT 技術を環境分野 の研究に活用している。AIを使ってアメダスの データから、防災情報を抽出するという研究だ。 「アメダスでは、1分毎、5分毎、10分毎、とさ まざまなデータが出てきますが、それをつぶさに 見ていくと、似ても似つかないと思っていたある 都市とある都市で、温湿度、風速、日射量など の動きが似ているという地点がたまに見つかるの です。AIならばそれを徹底的に分析することがで きます」 ある地点で豪雨があった後、高確率で数時間 遅れで雨が降ったり、災害が起こる時期、場所、季節などが似ていたりする場所を自動抽出できると、その地点間で相互連携し情報共有しながら気象対策が立てられるという発想だ。「自治体単独で防災対策するのは大変ですが、同じ特徴で同じ災害に見舞われるところが見つかっていたら、事前に連携をして委員会などを作って対策を立てるということが可能になります。全国に何百ポイントかあるアメダスを徹底分析して似ているところを抽出分析し、防災の観点から、改めてグルーピングし直そうと考えています」この研究でわずかな地形の特徴が気象に作用することにも気づかされる。「本当にちょっとしたこと、入江になっている、とか標高が違うとか、若干の違いで、全く違う気象になることが往々にしてあって、むしろ離れている地点が似ている、ということもあって。その辺が面白いところですね。思わぬところが思わぬ形で似ているというのは、人の目で見ていて気づかなくても、AIだとわかることもあるのです」

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7 テキストマイニングの実施結果(アンケート自由記述+最終発表原稿)

先進技術を活用しながら、業種に関わらず輝ける人材に

現在、新潟工科大学ではCADやデ ジタルツールを授業や課題に積極的に 取り入れている。 「地域の産業界にヒアリングしても CADは必須のスキルとして要請される ので。1年生からCADの授業があり、 私は、2 年生の後期にCG、3年生の後期に CGの応用を担当しています。CGの応用では基 盤地図情報から地形模型をバーチャルに作ると いう演習をします。ここまでは必修科目です」 飯野教授はそのほか設計の授業でもより完成 度の高いCG作品を制作することを意識した指 導を行なっている。 「単にCADとかCGを使えるだけではなく、そ こでの美しさ、到達点の高さ、そういうものを示 したいのです。本当にリアルに作り込むにはここ まで行けるんだよというレベルにこそCGの面白さがあるかなと。じつは建築の設計課題、卒業設計などでレンダリングするのにCGのソフトを使ってはいても、CGのテクニックを本当の意味でふんだんに使いこなしている作品はそう多くはないのです。私は、例えば写真を撮った時に背景をボケさせるレンズの特性、被写界深度の考え方を取り入れるような使い方をしてはじめてCGの効果が発揮できると考えています。ですからフォトリアルなものをCGでどれだけ作り込めるかということにこだわって授業をしています」飯野研究室は研究テーマの特性から、コンピュータ好きな学生が多く集まるが、最初から特別なITスキルがなくても問題はないという。「情報工学、プログラミングは勉強しないとできませんが、デジタルツールに対する強い抵抗感がなければ大丈夫です。そういうことが好きな学生が多く、やり始めるとのめり込んでいますよ。私の授業でCGやCADを扱ったり、VRなどの研究テーマをアピールしたりするので、なんとなくそういうことをやりたいという学生が集まっているということもあるかもしれません」研究室では高い専門的な能力を追求しているが、飯野教授は、卒業後は地域や業種に寄らず、さまざまな世界で力を発揮して欲しいと考える。「どんな場所、業種に行ってもいい。設計事務所、工務店、ゼネコン、ハウスメーカー、建築と離れた分野。それまでに自分の強みをできるだけ、ここで見抜いてもらって、それを生かしながら、仕事を生き生きと頑張って欲しいというのが率直な願いですね」

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8 アメダスの地図化

研究室メンバーに聞きました

[ 質問項目 ]

①研究室を選んだ理由
②研究室の特色
③取り組んでいる研究テーマ

  • 渡邊 駿さん わたなべしゅん(修士1年)

    渡邊 駿さん わたなべしゅん(修士1年)

    ①VRの技術を利用して建築の新たな表現技術を開発したいと思ったため。 
    ②設備や研究環境がしっかり整っているところ。 
    ③建築設計製図の授業におけるVRの効果的活用の基礎的研究

  • 廣幡 明生さん  ひろはたあきお(学部4年)

    廣幡 明生さん ひろはたあきお(学部4年)

    ①3年次にVRを用いた実験に参加して興味を持った。
    ②よく他の研究室の学生が遊びに来るので賑やか。よくもわるくもメリハリがあるところ。
    ③設計製図の授業へのVRの応用のための支援のあり方に関する研究

  • 荒木 颯星さん あらきりゅうせい(学部4年)

    荒木 颯星さん あらきりゅうせい(学部4年)

    ①3年次に研究室を訪れた際、VRを体験し、その楽しさと可能性の広さを感じたため。
    ②先端的な研究を行える点。VRを知るためにゲームで遊ぶこともある。
    ③設計製図の授業のVRの応用のための支援のあり方に関する研究

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